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れんめんと 

もうすぐ一学期が終わる。
結局いっぱいいっぱいのうちに終わった。

つかれたなあ。来学期からはもう少し先の見通しを持ちながら
できるんだろうか。

どうだろうか。



あわわわわわわ。
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そのたもろもろ 

mixiからリンクを切って、またコソコソ始めてみる。

最近思うことがある。
「人格者」と「いい教師」とは同義なのかってこと。同業者として一緒に過ごしていると、ぜんぜん人格的に優れているとは思わない。というか、すごく嫌な人が、生徒からみたらいい先生だと思われてる、って事態がある。

それってどうなの?
何をもっていい教師とするんだろう。

俺は「教師の世界は人格で勝負する」って思ってきた。でも、実はそうとも言い切れないのかもしれない。


生徒と接するときのテクニック。それがしっかりできていれば人格が優れていなくても「いい先生」になることは可能なのかもしれないって、今の職場で過ごしていると感じる。




話は変わるけど、うちの生徒に対して、威圧的に厳しく接して、「やらせる」ことになんの価値があるんだろう、と思う。うちの生徒は能力的には高いものを持っている。しかし、自分で考えて動く能力がいまひとつ足りないと思う。そんな子達だから、恐怖政治を布いてやらせることだけを目的とすれば、能力があるからやれる。でもそれでいいのかな。弱点を伸ばすためには、ある程度リラックスした状態で、自ら動くように仕向けることではないのかなあ。確かに受験を考えたら、やらせることを指示して、どんどん課題をこなさせれば、数字は出るかもしれない。でもそれだけのこと。もちろん受験指導は重要だけど、受験指導と自律性を育てるのを両立できる方法を探さなければいけないんじゃないの?
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