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静かな環境がすき 

真夜中とか、ほとんど人のいなくなった職場とか、そんな中で一人作業をするのが好きです。

人がたくさんいる中よりも能率がいい気がする。
昔から夜中が好きだった。
中、高と夜中わけもなく外に出たり、ウロウロしたり、大学になったら夜中にヒッチハイクしてみたり。静かな世界って、なんだか現実世界と隔離された感じで、癒しがあると思う。

昔は夜中起きてるのはすごく得意だったのに、最近は22時過ぎると眠くなる。

おじいちゃん。


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わたしたちの教科書 

違う経験してれば、それこそ見方なんて千差万別だよね。


今日、「わたしたちの教科書」ってドラマをはじめてみました。内容は、学校を舞台にしたイジメで自殺とかのちょっと重めの話。ちょっと見てて気づいたというかアンテナにかかったトピックがありまして。

ドラマの中で、菅野美穂演じる弁護士がいるんだけど、彼女は「昔、子どものいる男の人と結婚したものの、男はすぐに逃げてしまい、子どもだけが彼女の元に残った。しかし、彼女はその子どもに愛情を持つことができずに児童施設に預けた。」という経験があるの。で、その子が学校でイジメられて自殺、その真相を解明するために弁護士として学校に乗り込む、みたいな話。

ドラマの内容自体には特にコメントはないんだけど、菅野美穂演じる女性弁護士が、ドラマの中で、自分が児童相談所に預けた子どもを回想して、「あの子は捨てられた(私が捨てた)」というような内容のことを言う場面があったのね。で、それを見ながら、S園のあの子達はドラマを見てどんな印象を持つのかなあ、とふと思った。確かに「捨てられた」って表現は間違ってるとは言えない気がする。100%正解だとは言わないが、残念ながら正解に近い部分も少なからずあると思う。でも、当人たちが見たらどう思うんだろう。あの子たちが見たら傷つくなんて単純なことを言いたいんじゃなくて、「どう思うか」っていう純粋な疑問。本人たちは自分の置かれた立場をどこまで理解しているのだろう。いつまで親に期待しているのだろう、親に対する期待を捨てるのはいつなんだろう。それぞれによって違うんだろうけど、希望を持ってはいけない親に対して希望を持ち続けている子どもがこのドラマを見たら失望するのだろうか、どうなんだろうか。俺が今まで担当してきた子どもは、家庭復帰するくらいだから親への期待を捨てるという話はしたことがない。

逆にそういうものを見てもこちらが意識するほど特に何も思わないんだろうか。なんだかちょっと気になった。S園のあの子は今何してるんだろうって、頭をよぎった。

やりたいこと、できなきゃだめなこと。 

やりたいことが多すぎる。

・国語指導
・担任としての学級運営
・サッカー指導

ここまでは絶対。それに加えて、

・英語話せる
・英数国の大学受験程度の問題は解ける
・政治、経済など一般常識にも精通
・自分の趣味の世界も忘れない。

そんな人に憧れる。なんでも人並み以上にできたい。やるなら、中途半端じゃなくて一流になりたい。スーパーな先生になりたい。欲張りなのはわかってるし、そこまでになる必要はないのかもしれないし、手広くやってかえって中途半端になるのかもしれないけど、
それでもなりたい。

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バネのように 

ちょっといいなあと思った言葉です。

今日朝ラジヲ聞いてたら、「バネのように」って比喩がありました。その心は、「バネはジャンプするときに一度ゼロになってからジャンプする(一度縮む=ゼロになる)。そんな感じで~」ってニュアンス。ラジヲでは、一度失敗しても(ゼロになっても)そこから這い上がればいいじゃん!みたいな話の中で出てきたんだけど、ちょっと違う解釈が浮かびました。「ゼロになる=初心に戻る」ってこと。一歩成長する前に、まず初心に戻ってから飛ぼう、と。うんうん。初心忘るべからず、ってうまいこと言ったもんだ。

バネのように行こう!


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